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飛騨の食材はなぜ味が濃くて美味しいのか

飛騨市食の大使工藤 英良

~鍵となるのは雪の布団~

世界中でファンが多い和食。
寿司、天ぷら、ラーメン、すき焼き、焼き鳥。
それらの単語は日本を飛び出し、今や日本語読みのままで世界中の多くの方々から親しまれ、また愛されている。
私は2009年から2019年までカナダのバンクーバー、中国の北京、フランスのパリと3ヶ国、3都市において10年間、大使公邸料理人として世界中の賓客に和食を提供してきた。
直近の勤務地であったパリで強く感じたのは、
今の料理界のトレンドは旨味の追求。
旨味とは突き詰めると素材本来が持つ素朴な味わいの事である。
ではなぜ今、旨味なのか。
その理由は一言で言うなら本能だ。
人が本来持つ根源的欲求とも言い換えられると思う。
その土地、その土地で古くから受け継がれ、時代や世代を超えて愛されている郷土料理が端的な例だ。愛される理由にもはや説明は不要。
単純に純粋に『好き』で、体や脳が求めてしまうのだ。

2016
年〜2019年、パリの日本大使公邸には数多くの賓客やVIPの方々がいらっしゃった。
世界ブランドHERMESのバッグの由来にもなっている女優のジェーン・バーキンさん、世界的パティシエのピエールエルメさん、政財界のオピニオンリーダーの方々。
招待客の多くの方々が手放しで絶賛する日本食材の1つが飛騨牛だった。

C’est délicieux!! (
とっても美味しい!)
Très bien!! (
素晴らしい!)

皆一様にうっとりとした幸せな笑顔を讃えていた。
お褒めの言葉を頂く度にいつも思うことが2つあった。
一料理人として素直に嬉しい。
飛騨牛の生産現場を訪れ、その土地の息遣いを五感で感じたい。

2019
12月に任期満了で本帰国をした私は、新しい住処を決めるよりも何よりも先に飛騨牛の生産現場、岐阜県飛騨市に直行をした。
そこで目の当たりにしたのは雪深い豪雪地帯でたくましく、そして健やかに暮らす生産者の方々と自然の生き物たちの豊かな共生だ。
野菜農家さん、米農家さん、飛騨牛を育てる農家さん。
極寒の豪雪地帯でありながら皆一様に笑顔の輝きが眩しい。

味が濃いワケとは

飛騨牛の飼育現場を訪れる前に立ち寄った畑の雪の中に埋もれている赤カブと人参の味を見て驚く。とてつもなく味が濃い。
野菜農家の雲英さんが教えて下さる。
「土の中は0度以下になりません。雪が覆い被さり、"この子たち"を氷点下の寒さから守ってくれます。」
つまり、雪が天然の掛け布団となって彼らが無事に越冬する手助けをしているのだ。
春になって雪が溶けるまでの間、彼らは長い期間土の中でじっくりとパワーを蓄える。
《なるほど、だから飛騨の野菜は味が濃くて美味い。》

飛騨牛の生産者であり、いま国内外で注目を浴びつつある新ブランド(※)飛米牛{ひめぎゅう}を育てる蒲生さんが教えて下さった。
『春に溶けた雪は大量の水となり、各所の湧水となって徐々に合流をして川となり、町々の田んぼや畑の農作物を潤す命の水となっていきます。我々が育てる"この子ら"1日約10リットルの飲み水が必要です。雪解け水は彼らの命を繋ぐ大事な自然の恵みなのです。」

彼らが育っていく過程で出る排泄物は熱処理を施されてから堆肥となり、豊かで肥沃な土壌の土台となっていく。
今、地球に求められている持続可能な社会、循環型農業の良きモデルがここ飛騨にある。
この土地を訪れて五感で得る刺激や学びは数知れない。
そして、それと同じくらい大切な事を生産者の方々から学ぶことができる。
彼らは皆自身が育てている野菜やお米、牛の事を"この子"と呼ぶ。

自然と寄り添い、自然の恵みに感謝をし、そして自らが生産する生き物を愛す。
その姿勢は心からの尊敬に値する。
一料理人として一番大切な資質、心構えを改めて教わる事ができる場所、それが飛騨だ。
自然の恵みと生産者さん達のたゆまない日々の努力に感謝をし、それらを受け止めて調理に臨む。素材が持つ旨味を十分に引き出し、お客様に気持ちを込めた料理を届ける。
お客様から頂く笑顔と美味しい!の言葉が、新たな幸せの循環を生む。

飛騨の豊かな食材が世界中の人々を笑顔で繋ぐ。
その循環にこれからも一料理人として携わっていける事に誇りと強い喜びを感じている。

飛騨市食の大使
工藤英良