「俺なぁ、田中一男っていうんやさな。」田中さんの取材はそんな自己紹介から始まりました。「田んぼの中の一の男。どう考えても、農家の後継ぎやろ?じいちゃんが農家をやっとって、自然と農業をやることになったんやさな。」実家の後を継いで始めた田中さん、現在は、お米、大豆、えごま、小麦をメインに作っています。「えごまは100件の農家が作っているとすると、品種が100あるというくらい、違いが出てくるんや。取れる時期も、種まく時期も違う。」「味や品質が違うということですか?」「見た目の粒の大きさからもう違う。簡単に言えば、粒が小さいほうが栄養価が高い。飛騨で作っとるえごまは、粒がかなり小さいんや。」
しかし、えごまは小さいからこその苦労があるようです。「えごまも小麦も、雑穀は作るのは割と簡単なんやけど、選別とか、あとが大変なの。えごまの小さいのをたくさん選別しならん。選別の機械は、その農家のえごまの大きさに合わせて作るもんで、他の農家のものはできない。うちの機械も、採れた分を選別するのに、ぶっ続けで機械を回しても1か月かかる。」
そんなえごま、飛騨では日常の味です。おはぎにまぶしたり、ふかしたじゃがいもに和えたり、胡麻和えの胡麻の変わりに使ったり…。「ただ、炒って擦って、と手間かかるでみんなやらんくなったけど。でも本当は、日常の味。」だからこそ、田中さんは、作り方や使い方、製品化への研究を日々続けています。「マヨネーズみたいにぴゅっとかければ食べられるとか、おはぎの外につけるあれを製品化して販売できないか、とか。えごまの命って、焙煎して炒った時のあの香ばしい香りなんやけど、あの香りが残る製品を作りたい。」
エイドスタッフ(左)阪口誠一さん (右)田中一男さん
そんなえごまに対して熱い田中さん。農業に対しても、熱い思いをもっています。「食料生産の一端を担っている。それを誇りにやってる。たとえ観光地として有名な場所でも、その周りの農地が荒れていくと、観光地のイメージも崩れていくはずや。」農業をやるということは、その土地を荒らさないように守るということ。田中さんは、農業をしながら、飛騨の風景を守ることも大切にしています。「田が荒れれば、故郷の景色ではなくなってまう。人間が管理して、田んぼや畑を整備するのが、この町の故郷のイメージを作る。なんとか守りたいという思いが心の奥にはある。」私の大好きな飛騨の風景。田や畑があり、自然に囲まれた場所。そしてそこに伝わる伝統の食文化。これらを守るために、田中さんの農業と研究は続きます。